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南北関係・統一問題

建国以来、北朝鮮とは「朝鮮の正統な国家」としての立場を巡り、敵対的な関係が続いた。1950年におこった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後、韓国では民主化時代まで強度の反共主義が取られ、北のスパイや共産主義者に対して厳重な取締が行われた。

統一に向けた努力が幾度と試みられたが、実を結ぶには至っていない。1980年には、北朝鮮から高麗民主連邦共和国創設と、低い段階での連邦制を提示された。

 

冷戦終結以後は雪解けが進み、韓国と北朝鮮の国連同時加盟や共同声明に結実した。韓国は金大中政権以降になって太陽政策をとり、初の南北首脳会談が実現するなど、国内に和解ムードが広がっている。一方で北朝鮮核問題、韓国人拉致疑惑問題など未解決のいくつかの問題がある。

  • 詳細は朝鮮統一問題を参照のこと。

国際関係

米国との関係

第二次世界大戦後、東西冷戦体制が形成されるなかで、右派を中心とする大韓民国が成立した。1948年11月20日、国会で米軍の無期限駐留要請が決議されたように、大韓民国の成立と、朝鮮戦争での大韓民国の防衛には、アメリカ合衆国を中心とする国連軍が大きな役割を果たした。1953年の米韓相互防衛条約締結によって韓国は米国の同盟国となった。

冷戦期には、韓国は軍事的、経済的に米国へ依存を余儀なくされてきた。多数の韓国人が米国に移住し、在米韓国人数は200万人に達している。またこの間、韓国政府は米政府に経済援助を申出て、その見返りとしてベトナム戦争に参戦している。[1]

1990年以降の東西冷戦体制の崩壊や韓国経済の躍進は、この構図を転換する要因となった。韓国はソビエト連邦、中華人民共和国、ベトナムと次々に国交を樹立し、これらの国々に対する経済投資も拡大している。1998年の金大中政権成立後は太陽政策によって北朝鮮との関係も金泳三政権期に比べて改善された。一方、1999年の老斤里事件報道後、在韓米軍に対する反感が強まり、2002年に米軍車両が韓国人女子中学生を轢き殺した事件によって米軍に対する反感がいっそう高まった。同時に米軍兵器の近代化と展開能力の向上により、想定される戦闘の様相が、米軍が駐留し始めた頃とは異なってきているため、米軍が韓国に駐留する必要性は減少している。このため、米国も在韓米軍を削減する政策を打ち出している。

2006年におきた北朝鮮の核実験では北朝鮮との宥和政策を推進する余り、露骨に親北反米政策を取ったため米国との関係は冷却化している。

日本との関係

歴史的背景から日本に対する敵対意識・ライバル意識の強い国ながら、政治経済・文化などあらゆる分野で緊密な関係にあり近隣友好が模索されている。

第二次世界大戦が終わり日本の統治から解放され、李承晩・金九ら右派民族主義者を中心として建国された当初、韓国と日本の関係は冷ややかなものであった。当時から韓国国内には日本が植民地化と植民地支配に関して謝罪や賠償を行わないことに対する批判があった。一方、日本国内には、韓国が竹島(韓国名は独島:독도)を武力によって不法に占拠したこと、韓国が日本海上に一方的に李承晩ラインを設定し、この線を越えて操業する日本漁船を拿捕し乗員を抑留することに対する批判があった。李承晩政権期は国交断絶状態であったが、朴正煕政権が成立して両国の国交正常化交渉が本格化した。国交正常化交渉の過程では請求権問題が最も紛糾したと言われている。韓国による対日請求権の主張に対して、日本側は植民地時代に朝鮮半島に投下した資本および引き揚げた日本人が残した財産(GHQ調査で52.5億ドル[2])を主張することで韓国側に対抗した。結局、国交正常化に伴い韓国は、「請求権資金」の日本による供与と引き換えに韓国側の対日請求権を放棄した。韓国はその資金を不足していたインフラの整備に充てた。

1997年のアジア通貨危機により、韓国の経済は危機に瀕した。発足したばかりの金大中政権は国際通貨基金の支援とその経済政策を受け入れ、新自由主義的傾向をもつ構造改革政策によって危機を乗り切った。この時期、首相は金大中と立場を異にするものの同じく経済通と呼ばれた金鐘泌であった。IMF支援の際、日本は韓国に対するIMF緊急支援570億ドルのうち百数十億ドル分を負担した。 [3]。 2003年に盧武鉉政権が発足。盧武鉉政権は当初、歴史問題に言及しないと言明するなど両国関係は良好であった。しかし、両国政府関係は、小泉純一郎前首相の靖国参拝や歴史教科書問題、竹島の領土問題などをきっかけに悪化した。 民間交流のあり方は一様ではない。韓流ブームも影響してか民間交流は活発化しているが、2004年から2005年にかけては反日運動の影響により交流行事を韓国側からキャンセルするケースがいくつも出た。

経済面において日本と韓国の関係はたいへん深い。韓国にとって日本は不可欠な高品質部品の調達先である。特許使用権でも日本に依存している。また、日本にとっても韓国は、重要な部品や技術の輸出先である。韓国の対外輸出が増えるにともない、日本からの部品輸入や日本への特許使用権の支払い額も増加する傾向にある。戦後一貫して日本の対韓貿易は黒字が続いている。 李承晩政権時代には外貨流出や北送事業(北朝鮮帰国運動)への抗議を理由に二度にわたり通商断交を宣言したことがある。 その第1回は1955年8月~翌年1月、第2回は1959年6月~翌年4月である。 しかし、2回とも1年以内に通商を再開している。 2003年に両国首脳はFTA締結を目指すことで合意したが、交渉は難航している。

  • 韓国の建国以前の日朝関係、及びに日韓関係の詳細については、日韓関係史概観を参照のこと。

  • 盧武鉉政権は植民地時代・親日派問題の清算として「日帝強占下反民族行為真相糾明特別法」を制定した。日帝強占下反民族行為真相糾明特別法を参照のこと。

  • 日本海の呼称に関する両国間の対立については、日本海呼称問題を参照のこと。

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